2015/09/26

先日まだ長生きすると思ってた、おばあちゃんが亡くなり、葬式に行ってきました。




ここで、おばあちゃんについて少し書いてみたいと思います。

あまり個人情報を詳しく書くとマズいけど、そもそもおばあちゃんは、僕にとってのひいおばあちゃんの養子として一族に入りました。

そしてたまに聞く話ですが、養子に入ってから、ひいおばあちゃんに実子が出来てしまったのです(悲劇の始まり…)

そこでおばあちゃんのこころの中に、「自分は要らない子どもなのでは?」「いつ見捨てられるか分からない」という葛藤が出てきてしまったみたいなのです。

そういう意味で、「いつもちゃんとしてないと自分は捨てられる」「いつも良い子でいなければ(演じなければ)」という思いが強くあったようです。

でもその、「ちゃんとしないと」「良い子でいないと」という流れが僕の所にもガッツリ残ってて、それを打破して自由な存在になるのは大変なことなんです 泣

その後おばあちゃんは学校の先生になり、警察官のおじいちゃんと結婚します(ガッチガチの公務員の2人…真面目です)

そこら辺の流れが、我が家の冗談が通じなかったり、融通の気かなさに繋がって行きます。

やっとおばあちゃんも、安定した幸せを手に入れたかと思いきや、上手くは行きません(なんで何だろ)

早くにおじいちゃんを亡くして(なので、会ったことがありません)、今で言うシングルマザーとして3人の子どもを育てる事になりました。

だから、実に苦労が絶えなかったみたいで、大変だったみたいです。

そんな事で、おばあちゃんは家族運が無くて、本当の意味での「愛する」というものが分からなかったのかもしれません(でももうちょっと、そんな自分と向き合ってくれてれば…)

でもそれが、意図せずにではありますが、後にそれぞれの家族に大きな影響が出てきてしまうのです。

そんな思いもあり、悲しいは悲しいのですが、何かスゴく微妙な心境になってしまいます。

おじいちゃんが長く生きてたら、いろいろ状況が違っていたのかなと思う時もありますが、でも「これも宿命なのでしょうか?」残念です。






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